Diary?::2005-10-17

00:31

まだ俺が使っていない、はてなのサービス。

ダイアリー、グループ、フォトライフはまず絶対に使わないだろう。日記はここで書いているし、フォトライフも自前で実装すると思うし。グループは使う用が無いだろう。

アイディアは今のところ使う予定が無いっつーか、よくわからん。マップは……やたらと重いのでパス。おそらく俺のマシンがヘボなせいだろう。グラフは本格的に使い道が思い付かない。

ところで次にはてなは何をやらかすつもりだろう。

00:58

当サイトにおけるソフトウェアのバージョン表記の仕方について。

なんか前にも書いた気がするが、もう一度おさらい (その当時とは微妙にポリシーが変わっているし) 。

ていうかきちんと使えるんだから0.0.1とかしなくてもいいのに。

02:32

これはプログラミングにも当てはまる、と思う。というかきっとこれは普遍的な事なんだろうな。

俺は見ての通りバカみたいな量の日記を書いているけど、一つ一つの断片は極めて小さくて、大して思考することを必要としないものが殆どで。だから苦痛無く書くことが出来るし、続けられるのだろう。長い文章はそれだけ体力を使うし、それに大体の場合は長く語るだけの言葉を持ち合わせていない。

きっと俺の書いた長文はどうしようもなく歪んでいて、不明瞭で、矛盾だらけなのだと思う (滅多に読み返さないから分からない) 。じゃあ、俺の書いたソースコードはどうなのだろう。ある一定の行数を越えた時点で、ソースコードも歪み始めるのだろうか? プログラミングに関する各種の技術は、ソースコードを歪ませないためにあるのだろうな。

それはともかく、リンク先にあるパッチワークの写真は美しいと思う。

03:02

音楽との対峙あるいは表現形態のしてのアルバムあるいは俺がダウンロードサービスに興味を持てない理由の一つ。

俺はいままで音楽配信に興味が持てない原因として、

の2つを挙げていたが、もう一つ、重大な原因があることに気がついた。俺はアルバムという表現形態が好きなのだ。

これは俺の音楽の嗜好とも深くかかわる話だ。俺はヘヴィメタルのファンを自称しているが、典型的なヘヴィメタルというのは Judas Priest を始めどこか組曲のような、アルバム全体としての構築美を持っており、その必然的なアルバム内での流れそれ自体が作品の重要な要素となっている。決して少なくない数のバンドがアルバムの一曲目にイントロダクション的なトラックを設けたり、連曲風のアレンジを施したりしているが、それによってアルバム全体を俯瞰するという聴き方も生まれてくるわけだ。

また、アルバムを一枚使ってストーリーを描いたり、さらには複数のアルバムにストーリーを紡いだりといったロックオペラ、コンセプトアルバムといった手法も数多く見られる。これらは前述のアルバム全体としての表現を先鋭化させたものであり、アルバム = 曲の詰め合わせといった考え方では生まれるはずもない (歴史的には The Beatles あたりからその思想が芽生え、 The Who が TOMMY でその指標を示したようだが、 The Beatles は聴かないのでよくわからん。あ、 The Who の TOMMY は名作だよ) 。

ダウンロード販売などの一曲ごとのばら売りというのは、俺からは非常に不粋な行為に見える。俺は自分が不粋だと思った行為は決してやらないので、ダウンロード販売を利用することはまずないだろう。

そんな俺でも無料公開されているサンプル音源なんかは落しまくっているが、これはアルバム前の先行シングルみたいな物で、アルバムへの妄想を沸き立たせるための前菜だ。全曲がバラでダウンロード可能な状況とはそもそも性質が違う。

それでも iTunes は成功しているし、きっとこの流れに歯止めはかからないだろうね。全てのアーティストがアルバムレベルでの構築を考えているわけでは決してないし、何より俺みたいな聴き方をしない人間の方が多そうだしね (完全に憶測だけどな) 。

08:15

まさかこの御時世に WWWC で巡回してくる人がいるとは。アンテナ使おうよと思ったのは内緒だ。

Written by Kuwata Chikara
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