Diary?

2008-09-14
Sun

(12:04)

最近出た「でろでろ」と「ゆうやみ特攻隊」の新刊が相変わらずいい仕事で、俺の中での押切蓮介株が依然として上がりっぱなしなのだが、何で俺はこんなにこの人の作品が好きなんだろ(単行本は全部揃えてる)。なので押切漫画の魅力についてちと考えてみる。

押切漫画のわかりやすい特徴は「幽霊や妖怪と人間の区別が曖昧」というところで、これが「ホラーギャグ」といわれる(最近はそれだけに留まっていないが)押切漫画全体のカラーを決めているといっても過言じゃないだろう。具体的に書けば、押切ワールドでは幽霊に肉弾戦が通用する。それどころか普通に警察も幽霊をしょっぴいて取調べをする。そして取調べの内容がすごい。要約するとこんな感じ。

彼氏にフラれて自殺しただぁ? お前、それまでは幸せな人生だったわけだろ? それでたった二ヶ月男が切れただけで自殺して人を呪い殺すとか、わけわかんねーよ。

俺はこれを読んだときに、本当に心の底から「スゲー」と思った。幽霊譚の恐ろしい所というのは「不条理な理由で幽霊に危害を加えられる」という所にあって、それを逆手にとってギャグにしてるわけだ。泥棒にも三分の理とかそういう言葉があるけど、押切流ホラーギャグではその三分の理をときに無視して人外連中を叩き伏せてしまうわけだ。

一事が万事こんな感じで、相手が幽霊である必要性がどこにあるんじゃと思うけど、民俗学的には幽霊とか妖怪の類ってのは「子供をしつけるための方便」であると同時に、「実際に起きたえげつない事件を包むオブラート」という話も聞いたことがあるので、本人がその話を知っているかどうかはさておき、押切漫画の幽霊や妖怪ってのは「身近にいる奇人変人犯罪者」という解釈も成り立つ。

特に「でろでろ」では化け物と人間の区別が超曖昧で、化け物連中が普通に人間相手の仕事をしてたりするし、そもそも主人公達が作中でやってることが「傍迷惑な幽霊を拳で黙らせる」とか「化け物相手の人生相談」だったりするからな(主人公がいわゆる不良なので、アウトローの人助けタイプの話でもあったりする)。特に最新刊のひっつき女の話は普通に「本人のコンプレックスを解消して新しい人生を歩ませる」タイプの話になってたしなあ。

そうして人間と人外の区別がどんどん取っ払われていくと、必然的に人間の方が悪質という話が出てくる。例えば「看守による虐待の横行してる幽霊刑務所」の話はギャグとして描かれているものの根っこの所でかなりエグい話で、「だってこいつ死んでるんだし」という部分をちょっと置き換えてみると背筋が凍る。さらにその話のオチで助け出された幽霊が「おかげでこれでまた人を呪い殺せます」と言い出す所は大変面白いと同時にまったくもって救いがなく、一体どこまで計算してるんだかわからないけど、押切漫画にはこういうところを鋭く抉るシーンが時折出てくる。

「でろでろ」はあくまでもギャグなので愉快に読めるけど、それをシリアス方面に向けると「ゆうやみ特攻隊」になる。「ゆうやみ特攻隊」では土着信仰を盾に暴虐の限りを尽くすイカれた一族が描かれており、最新刊である 3 巻では次のようなやり取りが出てくる。

「こんなことをするのは人間じゃない」
「人間じゃない人間ってなんなのよ」

この台詞が全てを物語っている、と思う。実際の所幽霊も元を正せば人間で、妖怪もそういう場合がある、というかしつこいようだけど押切漫画では人間と人外は殆ど区別されない。押切漫画の中には極めてドス黒い感情の渦巻く真性のホラーがあるのだけど、実はそのどれもが人間を恐怖の対象としていることに気がつくはず。つまり、幽霊とか妖怪の類ってのは物語をギャグにするためのオブラートなわけだ。

「ゆうやみ特攻隊」には最終ボス的な位置づけのミダレガミが存在していたりして、まだ化け物というエクスキューズが通用する部分がある。じゃあそれを取っ払うとどうなるかというと、それが「ミスミソウ」だ。これは人間の邪悪な部分が全面に出たかなり鬱な漫画なので安易におすすめできないけど、俺としてはこちらの面もあってこそ「でろでろ」のホラーギャグが生きると思う(先に書いたとおり、「でろでろ」も味付け次第で陰惨になるテーマが扱われているわけだしな)。

つまり俺が押切蓮介の作風のどこを評価しているのかというと、

  • 幽霊や妖怪といった理解不能な存在を叩きのめすカタルシス
  • でもそもそも人間自体が理解不能で理不尽な存在という恐怖

という点に集約される。いや、細かい部分はまだまだあるけど、一番のポイントはここだろう。この「オバケを出して笑わせる」「オバケを引っ込めて恐怖させる」という発想にはマジで感心してる。

アクの強い作風なので万人には受けないだろうなーと思うけど、「でろでろ」「プピポー!」あたりは割と大丈夫だけど、前述のとおりそのカウンターウェイトとなる「ゆうやみ特攻隊」や「ミスミソウ」も読まないと、押切漫画の真の面白さはわからないんじゃないかとも思うしな。要するに全部買えってことだ。

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